第1話:ポーターオルゴールとの出会い
それはシカゴ国際ギフトショー会場でのことでした。
ポーターバロック 2005年1月地元シカゴで開かれた国際ギフトショーを訪れました。広い会場を歩き回りいろいろなギフト商品を見ましたが、これは!と思うような商品は見当たりません。些か疲れてきたのでどこかで腰を下ろし一休みしようかと思った時のことです。
どこからともなくきれいな澄んだ音色が聞こえてきました。私の知っている楽器の音ではありません。強いて言えば風鈴のようなバーチャイムのような或いはカウベル(Cowbell)のような音です。ともかくそれはとても心地よい音色で、疲れていたにも拘らず、その音色がどこから流れてくるのか確かめたくなりました。
辺りを見回してもそれらしきものは見当たりません。会場に流れるBGMかとも思いましたが、それはスピーカーを通した音とは思えないものでした。どこかで生演奏をしているに違いないと思いました。
音のする方を確かめながら歩きました。そうしてようやく見つけたのが左の画像に示すようなオルゴールでした。もっともその時はすぐにはオルゴールと認識できず、不思議な楽器があるものだと思いました。
私にとっては正に”未知との遭遇”でした。このような物が世の中にはあるのか、何と素晴らしい音色を発するのだろう、と思いました。顔を寄せて子細に観ると銅メッキを施した金属製の円盤がゆったりと回転しています。その回転とともに実に心地よい音色で旋律を奏でています。しばしその旋律に聴き入り、未知の物体に見入り、感動しました。
この時の感動は今も鮮明に思い返すことが出来ます。
(2011/4/26記)
第2話 ポーター社長とオルゴール
オルゴールとの出会い
ポーター社長(Dwight Porter)がまだ8歳の少年の頃、両親に連れられてバーモント州のシェルバーン市にあるシェルバーン博物館(Shelburn Museum)に行き、そこで初めてオルゴールを目にしたそうです。
そのオルゴールの形状についての記憶は定かではないものの、今でもよく覚えていることは、ある婦人がダイム(10セント硬貨)をそのオルゴールに投入したら音が鳴り出したこと、そしてその音色がとにかく忘れ難いものであったことだそうです。そしていつか自分もこんなオルゴールを手に入れることができるだろうかと思ったそうです。
この出会いで受けた衝撃的な感動がきっかけとなり、後年、彼は自らオルゴールを製作するようになるのですが、実際に製作に従事するまでには偶然的な出来事もありました。
レジーナ(Regina)との縁
1967年に高校を卒業し沿岸警備隊における徴兵任務終了後、彼はバーモント州ホワイトリバージャンクション市(White River Junction)にある宝石・貴金属商店に就職します。ある日、その店にやってきた一婦人が彼に時計用のある特殊な部品を求めました。ポーター氏は婦人の求める特殊部品の在庫があることは承知していましたが、その部品を使って時計として機能させるためには更に他の部品も必要であることを婦人に説明しました。
婦人はそこで彼に、実は時計の部品として使うのではなく彼女の夫がオルゴールの修理の為に必要なのだと説明しました。彼女の夫(Lloyd G. Kelley)はオルゴールの修理職人だったのです。しかも、その夫すなわちケリー(Kelley)氏はレジーナオルゴール(Regina Music Box)に関する技術の継承者でもありました。
これがきっかけとなりポーター氏はケリー氏と知り合い、彼の下で働くようになります。1973年のことでした。当時、ポーター氏は無給でケリー氏の為に働いたそうです。おそらくそれはオルゴール修理技術を身に付ける為だったと思われます。翌年1974年にはポーター氏は既にアンティークオルゴールの修理を自分一人でこなせるようになっていたそうです。因みにポーター氏は子供の頃から機械に対する関心が人一倍強く、8歳の頃には時計を分解しまた元の状態に組み立てることができたそうです。
ポーター社設立
ポーター社長と副社長のポーター夫人
オルゴール修理技術を習得し終えた1974年に、ポーター氏は独立し会社を設立しました。それが現在のポーターオルゴール会社(Porter Music Box Co., Inc.)です。もちろんポーター氏が社長で副社長はポーター夫人のメアリー ポーター(Mary Porter)です。
ポーター氏が作った初号機はレジーナをモデルにしたそうです(1975年)。
この初号機については既に「ポーターオルゴールについて」で記したように一旦はオルゴール愛好家の手に渡りましたが現在はポーターオルゴール博物館に展示されています。
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